たためる椅子と吉村順三建築の居心地
文 :NIPPON PROUD 森口 潔(Kiyoshi Moriguchi)
協力:設計工房M&M
建築家と名作椅子
日本には世界に誇るべき「折りたたみ椅子」が2脚ある。 ひとつは、1970年に発表された「Ny Chair ニーチェア」ともう一つが今回ご紹介する「たためる椅子」である。
折りたたみ椅子と言えば、広い体育館で校長の長い話を聞くときに座らされたり、プロレスの悪役が凶器として使われるチープなパイプ椅子を想像しがちだが、この2脚は折りたためる機能も忘れさせてくれるほどの座り心地の良い、素晴らしい居住性を持つ。
今でこそ建築は、はっきりと分業化されて建築家が椅子をはじめとするインテリアデザインに腕を振るうことは少ないが、ほんのひと昔前までは、建築家の巨匠たちは建物内部の建具、チェアなどの家具、調度品、照明、はては食器までデザインすることも少なくなかった。
近代建築の祖とも言われるフランスのル・コルビジェ、夫婦で活躍したフィンランドのアルヴァ・アァルト、デンマークのアルネ・ヤコブセン、同じくフィンユール等々は、建築と共に優れたプロダクトを残している。
特に椅子に関しては、「最小の建築物」とも言われるほど難しく、ハードルの高いプロダクト。 建築家としての経験則や思想のエッセンスが色濃く現れる。
私たち日本人にしっくりとくるこの「たためる椅子」は、初期の日本のモダニズム建築を代表する建築家吉村 順三(1908~1997)がデザインをした。
軽井沢の山荘、京都の老舗高級旅館の俵屋、八ヶ岳高原音楽堂、田園調布の猪熊邸など大小さまざまな名建築を手がけた建築家の作品である。 機能性と美しさと居住性が追及された空間は、人が気持ちよく快適に生活でき、じわじわとその「良さ」を実感できるという表現が相応しい。 この椅子もしかり。 発案から4年の歳月を費やして、建築家の中村好文氏、インテリアデザイナーの丸谷 芳正氏との共同作業で1990年に発表された。
座布団のような椅子?を目指したプロダクト
日本は古来から畳の部屋の暮らしにおいて、昼はリビングルームや客室として、ちゃぶ台を出して食事室、布団を敷いて寝室と多機能に使つた。 まさに落語の長屋の八っあん熊さんの住まいの世界である。 ここで使われる道具たちもたためたり、折りたたんで仕舞える。 そんな暮らし方を踏まえて吉村は、「日本人になじみの深い座布団のような椅子を作りたい」と考えたという。 つまり必要な時に必要な場所に持ち出せ、不要な時にはたたんで仕舞えるという命題に答えるものだ。
また「金属の金具を使うと木が痛々しい」からと一切金物を使わず、木製の留め具にしているところも実に作り手の心優しい一面がうかがわれる。 両アームを内側に向けて折り畳むさまは、ちょうど着物の袖を折りたたむしぐさにも見えてとても優雅だ。
そして吉野杉との出会い
発表以来、30数年製造を担っている設計工房M&Mの丸谷氏は、2017年の暮れに吉野杉のフレームによる新たなたためる椅子を発表した。 開発当時より軽量で堅牢な「材」という事でベイマツを使用してきたところ、10年ほど前から入手が徐々に困難になって来たという。 この頃より国内では国産材を使う事への意識が高まり、行政は国産材の使用を推奨したり、いろいろな施策を打ち出す。 そんな中、いろいろな国産材で検討していた丸谷氏は吉野杉と出会うことになる。 椅子の総重量が7㎏から6Kgとなり、当初より「女性が片手で容易に持ち運べる」というコンセプトもクリア出来た。 心配だった強度も、年輪の緻密な吉野杉は問題がなかったという。
さて、フレームの材の選択肢も増えたこのたためる椅子の我が家での役割は、普段はソファ横のオケージョナルチェア(時折座る椅子)として、春や秋の気候の良い時期には2階のベランダに持ち出してビールや日本酒を片手にする時のよき相棒となっている。
商品スペック
●素材
本体:天然木(ウレタン塗装)
張り地:牛革(表面)
●サイズ
使用時 : W575×D560×H700SH360mm
収納時 : W595×D115×H805mm
●価格
¥132,000 (税込み)