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NIPPON PROUD にっぽんプラウド | 日本のモダンデザインインテリア 偏愛カタログ

手あぶり火鉢の愉悦

手あぶり火鉢の愉悦

2023.03.14

文:NIPPON PROUD 森口 潔

昭和の寒くとも温かい暮らし

私が幼少期を過ごした昭和30年代の頃、わが家はもちろん木造だった。 冬には、すきま風が部屋じゅうに吹いていて厚手のセーターや丹前を着こんでいても寒さが身に染みたものだった。 私たち兄弟は、外から帰ってくると一目散に炭火の炬燵に入って、まだ創生期にあったテレビにくぎ付けになっていた。 傍らには大きめの火鉢があり、アルマイトの蓋の赤いやかんが載っていて、しゅんしゅんと湯気が出ていた。  時々この火鉢に網をのせて豆餅を焼いたり、両親の田舎から送られてきた笹団子に少し焦げ目をつけるくらい温めて食べるのが、寒い時期の大きな楽しみだった。  

当時、炬燵の炭の火起こしの役目を何度も担ってきたが、今思い返すと随分と危険なことを年端もゆかぬ子どもがしていたものだと思う。 火の粉がパチパチとはぜるように火おこしから飛んでヒヤッとしたこともあったが、危ないことをキチンと危ないこととして扱う心構えは学習できたと今は感じる。 まぁ今はコンプライアンス的にNGの昭和の時代のおおらかさと、不便だけどその分喜びも大きい時代の冬のひと場面ではあったと思うが。

古民家ブームや田舎暮らしのノスタルジー

ここ10年くらい特に古民家の宿、カフェ、あるいは田舎暮らしというものに人気が出て、ちょっとしたブームにもなっている。 確かに古民家の宿に投宿し、囲炉裏を囲んで地のものを肴に酒を酌み交わすなどというシチュエーションは考えただけで楽しくなる。 「個性的な生き方」が現代には大事などと言いながらも画一的な暮らし方に埋没している都市生活者にとっては非日常的で五感を刺激される瞬間ではある。 皆が皆そうではないかもしれないが、私たちは、せわしない時間の中に身を置き、何とか遅れをとらないようにと厭な汗をかきながら生活をしている。 そんな暮らしに嫌気がさしたり、リモートで遠隔地でも仕事が出来る可能性が増えたこともあってか、地方の田舎暮らしを選択する若い家族や、リタイア後に移住される高齢のご夫婦の姿を見聞きする機会も増えてきた。 しかしながらやはりそこには相当な覚悟がないと、そういう暮らしを日常にするには難しいことだと思わざるを得ない。 病院や役所などの公共機関、学校、商店街、交通機関だって何不自由ない都市に生息している私には、あこがれはあるものの現実的には難しい。  都市生活をベースにしながら先人たちの知恵や趣きを今の暮らしにどのように、どんなバランスで取り入れていくかを考えながらの暮らしが一番今の自分には合っている。 

インテリアの一つのエレメントとして、もしくは懐古趣味的な暖房器具としての手炙り火鉢

奈良時代から使われていたという由緒正しき火鉢。 昭和の中期まで暖房器具として、或いは餅や干物などを焼く調理器具として多くの家庭で活躍してきた。 今では暖房器具としての姿はついぞ見ることはなくなり、その文化も単なるノスタルジーになるかと思いきや、前述のようなブームの背景もあって静かな人気があるらしい。 特に陶器製のものは「瀬戸火鉢」と言われ、その中でも小ぶりな「手炙り火鉢」と言われるものは色彩ゆたかで愛らしいものが多い。この「手炙り火鉢」なる名を私も最近知ったのだが、もともとは二つ一組で作られて一つは家の主人用、もう一つが来客用という事らしい。 いつもは客間に置かれていて来客時に一人用の暖房として差し出されるというわけだ。 なんとも粋で素敵な「おもてなし」ではないだろうか。 

そんな手炙り火鉢には、陶器の世界でもコレクターの多い「オールドノリタケ」や有田焼(伊万里焼)のものもあってその染付の美しさに惹きつけられることも多いのではと思う。 これほど魅力ある手炙り火鉢だが、さほど価格も高くなく、数的にもわりあい流通しているようなので入手し易いと思う。   セカンドキャリアとしてのプランターカバーやワインや冷酒のボトルクーラーとしても非常に魅力的だし、「洋」のテーブルセッティングに乗るオールドノリタケの火鉢のワインクーラーなどは演出としてもとても効果的ではないか。  先日、TVプログラムで埼玉県の行田市が街を上げて「花手水」(はなちょうず)で訪れた人達を迎えようと努めている姿を見て、とても良いおもてなしだと思った。 手炙り火鉢を手水鉢に見立てて、色とりどりの花を浮かばせて玄関先に置いてお客様を迎えるのもよいものだなとその時思った。 

もちろん、本来の役割を手炙り火鉢に担ってもらうのはとても趣きがある。  炭火は囲炉裏や暖炉のような”ゆらぎ”効果もあるので視覚的な癒しにもなるし遠赤外線の暖かさもある。  鉄瓶を置けば加湿も出来て、鉄分の豊富な白湯がすぐ飲める。 美味しいお茶やコーヒーだって身近に。  ちょっと昭和の粋人を気取って畳いわしなどを焼きながら熱燗を飲むなんて乙なことも可能だ。

でも火鉢と言えば、火おこし器で炭に火を点けて、火鉢に移し、使用後には火消し壺に入れて消火、気密性の高い現代の住まいであれば1時間に1〜2回の換気が必須となる。 灰だの灰ならしだの五徳だのの周辺の道具も必要になってくるなどかなりの手間がかかる。 まぁ手間がかかるのも考えかた一つで、とても素敵なスローライフを手に入れられると考えれば多少前向きになれると思う。 手のかかる子は可愛いものという事は昔から相場が決まっている。