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NIPPON PROUD にっぽんプラウド | 日本のモダンデザインインテリア 偏愛カタログ

乾 三郎と座卓と座椅子

乾 三郎と座卓と座椅子

2022.03.10

文:NIPPON PROUD 森口 潔
協力:株式会社天童木工
参考文献:菅澤 光政著「天童木工」/美術出版社

旅館のくつろぎと座卓&座椅子

ちょっと良い旅館に投宿すると、その窓外の景色と和室の様式美に心がときめくときがある。  そもそも畳の部屋自体が珍しい存在になっている私たちにとって旅館の一室はもうすでに非日常なのかもしれない。        そしてその空間の真ん中に置かれるのが座卓と座椅子だ。  低く設えられたそこに着座すると「ふーっ」と一息、仲井さんの淹れてくれたお茶一啜り、 旅の疲れもとれて一気にくつろぎモード。  このくつろぎ感は、やはり私たち日本人が床に近いところで暮らしてきた長い歴史と無関係ではないだろう。 そして座椅子が優しく背中をサポートしてくれる。

天童木工と乾三郎という人物

座卓は黒檀や紫檀などの材を使った重厚なものも悪くはないが、もう少しモダンで明快なデザインのほうが「洋の暮らし」に慣れた私たちにはしっくりくるように思う。  天童木工のS-0228というプロダクトは、そんな需要にぴったりのアイテムで1959年の発表から60年以上の超ロングセラーを続けている。                 全国の旅館やホテルに相当数納入されているので一度は目にされた方も少なくないと思う。 そしてこの製品をデザインしたのが天童木工の乾 三郎(Saburo Inui)だ。                              氏は天童木工の(当時こんな呼び方はされなかったであろうが)インハウスデザイナーである。 加藤 徳吉、菅澤 光政のお二人と共に天童のインハウスデザイナー三傑と言われる。  今回、当時乾さんの部下として天童木工で働かれていたF氏にもお話を伺うことが出来たので、そんな事も織り交ぜながらもう少し人となりに近づいてみよう。  

乾さんのことについて書こうとすると外せないのが工芸指導所になるだろう。 当時は仙台に開かれていた工芸指導所は、1933年にはドイツの建築家ブルーノ・タウトを招聘するなどその活動は活発だった。 乾さんは、すでに先に入所して成形合板を家具に応用しようとしていた剣持 勇の助手的なかかわり方で共同して研究を始めるようになったという。                                              1948年になるとこの工芸所で「高周波木材加工技術講習会」なるものが開かれ、成形合板が家具をはじめ家電やバドミントンラケットなどに利用価値を広め、高めてゆくスタートになったという。                   日本のモダンデザインを牽引した稀代のインテリアデザイナーである剣持 勇が文字どうりデザイン的な観点から、そして乾は技術的な立場からこの成形合板を研究し、家具づくりの実践を行っていったのだ。 そんな二人は仙台と山形という地理的に近い位置関係もあって幾度も山形の天童木工を訪れては工場の指導をしていたという。     そして乾は、1958年に天童木工のたっての要請で同社の技術部長として招聘される。            現在の同社の技術的な基盤は、この剣持、乾、工場長から社長になられた加藤 徳吉らの働きがあってこそ出来上がったという事は想像に難くない。    前述のF氏(1968年入社)によれば、彼の眼には乾氏はとてもゆったりとしたペースでゆとりのある仕事ぶりに見えたという。  私の勝手な想像だが、大きな夢に向かってハイスピードで駆け抜け、高みを極めた後のペースダウンなのかもしれないとも思う。        

この座卓の隠された秘密とは

比較的薄い天板に四本の脚が付いただけのとてもシンプルなデザインだが、この脚部がこのアイテムの「キモ」なのだ。  まず天板近くの部分が丸みを帯びているので角がない分壁などを傷つけることが少ない。        そしてその脚は内側に向かって緩やかにカーヴしているが、側面は垂直に加工されている。 なので、下に向かって少しづつ広がって、ちょうど三味線の「バチ」のようなカタチになる。 この中に折れながら膨らんでゆく脚のフォルムがなんとも「和」の気配を感じさせてくれる。 

天板と脚部はほぞ組みで接着されているが、この接着にはなんと今でも膠(にかわ)が使われているという。     これは接合時に手作業で微調整する際に凝固するのに2~3分を要する膠が最も適しているという事らしい。   更に、天板の芯材はロールコア(樹脂を含侵させた紙筒が連続成形されているもの)で強度と軽量化が成されている。これにより、旅館の仲居さんたちが移動しやすいように、立てかけたときに安定するように、四隅の角がないことで壁を傷つけないようになど業務用の家具としてのメリットを充分に兼ね備えているのだ。   使いやすい機能がきちんとあって、デザイン性と絶妙のバランスで成り立つという名作家具の要件を見事に満たしている。

マッチングアイテムとしての座椅子

このS-0228という座卓に合う座椅子と言えばやはりこれ(下段の画像の左側)がベストだろう。    1963年に発表された藤森 健次氏の座椅子は、こうしたプライウッドを使用した座椅子のプロトタイプになっているロングセラーアイテムだ。     座面を丸くくりぬいて自重で滑り止めになるアイディアや三次元曲面で構成されるシンプルなフォルムは、氏がフィンランドの国立美術大学を卒業されて帰国後も北欧家具に触れてきたというキャリアと無関係ではないだろう。

もう一点、私がお薦めしたいのが下の画像の中央の林 秀行氏の座椅子と脇息。               2004年にプロダクトデザイナーの林 秀行氏がデザインしたもので、見事に和と洋が双方を打ち消す事無く融合されていると思う。ナチュラルの成形合板のフレームに、背はブラウンのテープ織りで構成されていてとてもモダンだ。伝統的な脇息も縦横を回転することによって高さが二種類選べることなど機能面でも配慮されている。      これだと続き間のダイニングキッチンに洋家具が置かれてもなんの違和感もなく、いやかえってその組み合わせの妙が、素晴らしいと個人的には思うのだが。。。。                

余談ですが終わりに

今回いろいろお話を伺ったF氏とのやりとりの中で、天童木工社のカタログの事に話が及んだ。          私から「以前拝見した天童木工さんの特に60年代終盤から70年代のカタログがとても、いち家具メーカーのカタログのクオリティーでなく、まるでモダンなインテリア雑誌のように見えた」との感想を漏らすと、「それはそうだよ。 グラフィックデザインの創世記を形づくった河野 鷹思をはじめ伊藤 憲治、村越 愛策といった錚々たるメンバーが関わっていたんだよ。」との答えが。  皆さん札幌五輪のポスターや、東京五輪のピクトグラム、大手企業のロゴマークの代表作をお持ちになる方たちばかり。  日本にまだ「デザイン」という言葉が定着していない時期にお金も時間も労力もかけて製品やカタログづくりに情熱を傾けた同社にはやはり改めて驚かされるし、敬愛の情があらためてふつふつと湧いてくる。  そんな熱い思いを感じながらその日、私は武蔵野の街を後にしたのだった。

乾 三郎デザイン座卓

S-0228KY-KB
商品スペック
●サイズ :W1210 D755 H335mm
●材質  :ケヤキ板目
●価格  :¥94,600(税込み)
●デザイン年 1959年